職場で使っているLinuxマシンの作業環境をいろいろと整えた.主に変えたのは,次のとおりである.
- エディタ
- ターミナル
- ウインドウマネージャ
- VNC
- tex環境
エディタは仕事の推進速度を大きく左右する.使用するエディタによっては,日々の仕事の作業効率が半分以下になることなど,何ら不思議なことではない.「弘法筆を選ばず」と言うが,こればかりはどうしようもないのだ.
エディタの優劣をめぐって,宗教戦争が勃発することもある.中でも最も激しいのが,viとemacsの論争である.激しいというのは,両勢力が尋常でないほど大きいという意味である.これは,セリーグであれば巨人と阪神,政治で言えば自民党と民主党,に相当する.
私がこれまで見てきた限り,エディタの論争で争うのは,多くの場合,如何に巧妙な機能を自身が知っていて,如何にこれを使いこなせているか,であり,必ずしもユーザインタフェイスの良し悪しなどを争っているのではない.これは,分野外の人から見れば,意味不明の論争である.
職場の話に戻そう.職場で働いた日数はまだ1ヶ月に満たないため,周りの人がエディタを使用しているところを見る機会はそれほどない.このため,この間職場の方々と飲みに行った際に,皆さんがどんな環境で普段作業なさっているのか,しっかりと情報を仕入れてきた.
私の職場では,vi愛好家が9割を超えており,その他はterapadなどのwindows上で動作するエディタを使用している.つまり,emacs愛好家が一人もいない.なので,共用のLinuxサーバに最新のemacsなど当然インストールされているはずもない.
では,私はどうなのかと言えば,emacsとviのどちらのエディタも使いたい人なので,両方のエディタが無いと困る人なのだ.かと言って,emacsがviよりも優れているとまでは言うつもりはない.両者は全く別路線のエディタであり,直交するものなので,単純に比較できないと考えているためだ.だからといって,emacsが無くても良い,というわけにはいかない.従って,私が職場に入ることによって,emacsとviの小さな論争が勃発することとなった.
やむを得ず,emacsを自分のホームディレクトリの下にインストールすることに.色々とカスタマイズしたいので,ソースコードからコンパイルした.これにて,幸せな職場生活がスタートしたのであった.
続いて,kterm,fvwm2,vnc,tex環境一式,を自分のホームディレクトリ以下にインストール.すばらしく幸せになれた.
しかし,emacsを導入することによって,やはりコントロールキーを頻繁に押すようになった.そして,一日作業した後,左の小指が痛くなった.なんとかして早急にHHKB Proを導入しなければ...